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2015_04
28
(Tue)00:53

久しぶりの日記

1 年越しのこと

 「あけましておめでとうございます」
 なんて悠長に言ってられないくらいバタバタと年を越す。


 数日前から愛兎「げっちゃん」の調子が悪い。

 もう10年以上連れ添っていたので、そろそろかなと薄々覚悟はしていました。

 元気も無く、あまり動けない様子。
 今までのに2度飼いうさの死に目に立ち会ってきたこともあって、やや落ち着いて考えることができた。

 結果、無理に病院に連れていっても、体力が持たないだろうという判断。

 幸か不幸かげっちゃんは超健康優良児であり、病院とのお付き合いは片目が充血したときに点眼薬を貰ったのみ。
 なので病院等の見知らぬ人がいる場所に連れて行くと少し暴れてしまうのです。

 外に散歩へ連れ出したこともあるけれど、知らない場所が怖いのか俺に抱きついて離れないという小心者ぶり。
 そのためキャリーでの移動が大嫌いな子になってしまった。
 けれど抱っこされるのは好きらしく、仰向けにひっくり返しても怒らず、爪切りも嫌がらない。
 頭を撫でていると寝てしまったり、撫でている手をベロベロといつまでも舐め続ける、本当に手のかからない愛嬌のある子。
 だから、なるべく慣れた部屋の中で、最後まで看取ってやりたいと思いました。

 また、最初に飼った子が病院での処置中に亡くなったこともあり、最後は俺の手の中で、という気持ちも強くあったのです。


 それからのげっちゃんは、調子が良いときには起きだして、草をむしゃむしゃ、野菜をむしゃむしゃ、食べ終わったらうつらうつら、の繰り返し。
 数日続くも、俺はただ毎日撫でてやることしか出来ず。

 以前は自ら「撫でろ」と言わんばかりにグイグイ頭を押し付けてきていたのに、今はただぼーっと撫でられているだけ。
 それでも自力で何か食べられるうちは、少し安心でした。


 やがて昨年の大晦日。

 もう座ることすら辛いのか、ダラっと寝そべって一日中を過ごしている状態。
 俺は泊まり勤務の仕事だったため、部屋を暖かくしたままげっちゃんにいってきますの挨拶。
 これが最後の別れになってしまうかもしれない…と思った。
 そばにいてやりたい、が、そうもいかず。
 とにかく翌日、すぐに帰ってこようと決め、出かける。


 仕事中も気が気でない。


 夜が明けて、げっちゃんのもとへ。

 げっちゃんがこちらを見た。
 もう足腰に力が入らないのか四肢を投げ出し、息遣いも荒い状態で倒れていた。
 けれど目つきはしっかりしており、名前を呼ぶと驚いたことに立ち上がった。
 そのうえ俺の方に駆け寄り、胸元に飛びついてきたのだ。

 一瞬、元気になったんじゃないか?なんて考えてしまった。


 しかし、げっちゃんは目を見開いたままキィキィと鳴いた。
 その様子から、別れの時が来たとすぐに分かった。

 俺の胸元でげっちゃんは、ジタバタと暴れたあと、ぎゅうとしがみついた。
 二匹目の飼いうさが死ぬときも、同じ状況だった。

 死の直前、うさぎは死を感じるんだと思う。
 それは痛みなのか感覚なのか分からないけれど、とにかく逃げようとする。
 追われるように走りだして、救いを求めて飼い主のもとに逃げてくる。
 まさにそんな動きに見える。

 けど、何もしてあげられない。

 ごめんね、ごめんねと言いながら、ずっと身体を擦ってあげるしかない。
 次第にげっちゃんの力が抜けていくのを感じた。


 以前、「せっちゃん」のときもそうだった。
 何か見つけたみたいな顔をして、急いで逃げてきて、俺の膝に飛び乗って、力強くしがみついたと思ったら力が抜けて。


 首の力が抜けていくのが最後の合図。


 長い間、いつも一緒にいてくれてありがとう。
 そう言って看取ってやるつもりだったのに、なぜごめんねとしか言えなかったんだろうか。

 最後に苦しい思いをさせたことが可哀想だったからだろうか。

 死の苦しみにすら哀れみだなんて、ひどい人間のエゴだな、と思った。





2 元旦のこと 


 ペット葬儀にはその日のうちに連れて行けた。

 元旦からやってくれるところがあるのか不安でしたが、なんとか見つかりました。

 そこはお寺だったのだが、担当は寺の人ではなく、ペット葬儀専門の50代くらいの男性だった。

 最初は高そうな礼服に茶色がかった髪、サングラスといった、ちょいワルの胡散臭い風体に「大丈夫かな」と思うほどだったが、話を聞くと素晴らしい人でした。

 なんでも若くして独立した会社経営者だったらしいのだが、後継者が既に指揮を執っている状態で、新しく打ち込めるものを探していたそうな。
 そこで自身が大変な愛犬家であることから、何か動物のために出来ることをやろうと考え、仲の良い住職にお願いしてペット葬儀の手伝いを始めた。
 休日には獣医のところへ教えを請いに行ったというほどの情熱家。
 そうして今では火葬、供養、埋葬だけでなく、焼けたお骨の状態から病気の患部等を推察・説明することまで出来るようになったという、素敵なおじさまだった。

 そんな素敵おじさまから、げっちゃんの状態について説明を受ける。
 少し歯が弱っていたみたい、けど10歳を超えてるのに足腰の骨がすごくしっかりしてる、ということで、目立ってどこかに病気の痕がある、ということは無かったみたい。

 そしてこのおじさまの一番ステキだったところ。
 生前の写真を1枚持ってきてくださいとの指示があり、何だろうと思っていたのですが、その写真を画像加工してポストカードを作ってくれたのです。
 これは私が独自にやってるサービスなんで、拙い手作りですみません~、と仰ってましたが、大変嬉しかった。
 げっちゃんの顔写真に、「家族でいてくれてありがとう」とメッセージが添えられたものでした。

 そう、ほんとに「家族でいてくれてありがとう」という言葉につきます。



 生前、げっちゃんを可愛がってくれた皆様にも深い感謝を。

 ↓最後のお別れの写真です。

20150101_130724.jpg


 こうしてまた可愛い愛兎との別れを経験しました。

 3回目の別れとのことで、悔いのないよう、出来ることはしてあげられたかなという少しの満足感。


 そのため、あまり悲しみは引きづらないだろうと思っていたのですが…

 それは大きな間違いだったと後日気付くのでした… 

C.O.M.M.E.N.T

家族でいてくれてありがとう

いい言葉だと思います。
仕事から帰ってくるまで待っててくれた気がします。
そなたさんの家族でよかったと思ってくれてるはずです。
うちは現在進行形でインコをたくさん飼ってるのでそれなりの別れがありましたが、たくさんいすぎて愛情をかけてあげられなかったのが現状です。
なので病院に連れていくことで負担がかかってしまうのでは、と思われた気持ちがよくわかりました。

長年連れ添った家族を失くすのは覚悟をしていても、それなりに満足できる最期を迎えられたとしてもやはり悲しいですし引きずります。

せっちゃん、げっちゃんの今を教えてくれてありがとうございました。
そして新しい子と今までの家族のように愛情いっぱいで過ごしてください。

2015/04/28 (Tue) 18:25 | 鮭 #.1Yf4bn. | URL | 編集 | 返信

No title

げっちゃんはsonataさんと一緒にいられて本当に幸せだったと思います。
日記を読ませてもらって、不覚にも涙してしまいましたi-202
私にも17歳になる愛犬がいます。今まさに老犬介護の日々です。覚悟はできているつもりですが、sonataさんの日記を読んで『耐えられるかなぁ・・・』と考えてしまいました。
別れは悲しくて辛いものですが、最期の時まで悔いの残らないようにできるだけ一緒にいてあげようと思います。

2015/04/28 (Tue) 23:03 | kazu。 #- | URL | 編集 | 返信

No title

久々の日記が暗くてすみません(笑)
げっちゃんの写真を見てくれてありがとう!

>けーさん
 たくさんいすぎて愛情を充分にかけてあげられない…わかります、その気持ち。
 せっちゃんとげっちゃんの二匹で手一杯でした(笑)
 げっちゃんがとにかく甘えん坊だったので、どうしても多く構ってたから、せっちゃんには悪いことしたなぁと思います。
 ちょっかい出されるの嫌いな子だったってのもあるんだけどね(笑)

>かずさん
 セナちゃんの写真見ました、超可愛かった!
 顔も毛色も大好き!

 付き合い方にもよりますが、犬や猫は小動物、爬虫類、魚類のペットに比べてどうしても接する時間も長いじゃないですか。
 名前呼んで反応するし、自発的に寄ってくるし(これ大事)、特に犬は飼い主にべったりな場合が多いじゃないですか。
 飼ってみたいけど、俺は依存しちゃって大変だと思います。
 でもいつかは…。
 

2015/05/01 (Fri) 02:27 | そなた #- | URL | 編集 | 返信

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